本:「1980アイコ十六歳」堀田あけみ (河出文庫)

ご存知、映画「アイコ十六歳」の原作本である。このころから冨田靖子が大好きでこの映画も見たがストーリーをさっぱり覚えていない。印象に残ったシーンは凛々しい弓道の道着姿と、自転車のまま田んぼ突っ込むシーンのみ(笑)。この本を見て納得した。ハッキリ言ってストーリーらしい物語がない。いわば16歳の女子が思うがまま書いた随筆と言ってもいい。アイコは弓道部、仲のいい友達と楽しく高校生活を暮らしていたが、どうしてもなじめない同級生がいた。紅子、彼女は常に男子に媚び、アイコ達の前でもそんな媚びた女を演じ続けるが、いちいち言動がイヤミなのである。これってリアルだなぁ。親しい女性と話をしたらいつも一番の話題は「職場で嫌な女性」の話がかなり上位にくる。やはり女の敵は女のかとつくづく実感します。この紅子との和解はあるのか?

もうひとつの主題は16歳という「季節」に感じたいろんなモヤモヤと独りよがりの青い人生観。当時、みんなソレを持っていたとしても凡人ではなかなか文章にまとめることはできない。そこを「現役少女」の堀田あけみは見事言葉として、文章としてまとめ上げている。最初にも書いた通り芯になるストーリーがないから読みにくいのも確か。しかし、青くても真面目にまっすぐ未来を見つめているアイコの生き方に、忘れていた昔を思いださせてくれます。「青春」なんて後から想うもの....ってどっかの歌詞みたいだが、この本には現役の「青春」が詰まっています。


☆☆★★★
Aiko

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本:「ランナー」あさのあつこ 幻冬舎

「裏切りからの再生」
いつもは走ると段々軽くなって行くのに、競技会のこの日のレースに限って足が身体が重くなり、意識も混濁してゆく......ランナー碧李(あおい)の初めての挫折だった。この日を境に碧李は部活に出て来なくなる。彼のナチュラルな走りに無限の可能性を感じていた顧問、そしてひとつ年上の物静かな女性マネージャーも彼を陸上部へ帰るようにと説得を試みるが、碧李はクビを縦にふらない。そこには「ある事情」があった。

テーマはいわゆるスポ根モノではありません。「陸上」「家族」「恋愛」「友情」が絡み合った群像劇の様相を呈ていしてきます。碧李の家庭は母.千賀子と、ちょっと訳ありの幼い妹.杏樹の三人。もう一人の家族だった父は1年前に浮気相手のモトへ走ってしまった。その母は離婚から来る様々なストレスが「時より見せる表情が夫に似ている」幼い杏樹に向かってしまうという。(この本が発売されたのが07年、しかし現実に今年にこんな事件がおこってしまったって....。)

走れない碧李、止めたくても虐待が止めれない千賀子、悲痛な想いを抱えつつ笑顔の仮面で必死にしがみつく杏樹。その壊れそうな一家がどうなって行くのか.....
今まで素直に愛するモノ、愛する者をまっすぐ見つめ愛情をそそぎ、時には甘えていたが、あの日を境に愛するモノに裏切られてしまう。千賀子は夫に、杏樹は母に、そして碧李は走る事に。
この主人公達は前を向いて何とかしたいという気持ちは常に失われる事はなかった。そして家族以外にも、碧李の友人久藤.マネジャー杏子.顧問箕月が関わり、かき混ぜつつも結果的には「何とかしてあげたい」という共通の想いへ向かって行く。テーマがテーマだけに常にある重たさがずっと支配しており、出口が見えない焦燥感に駆られます。

碧李は何とか復帰はしてみた、だが思うように走れない碧李に顧問の箕月はヒントを与えてくれる。「走り方を覚えろ」と。そう碧李はそれまで持てる才能のまま走りたいように走って来たが「それではダメなんだ」。走るという事が競技にする以上は五千なら五千という「範囲」のなかでペースを配分し、全力を出さねばならない。碧李の走りはゴールを突っ切ってさらに走ろうとしている、競技者としては最悪だ...。競技としての「理性」の走り方を指導する箕月、でも心の何処かには、突き抜けて「本能」の走りをする碧李の姿勢に魅力を感じてはいた。

成長の過程には溢れる自我を抑え規律に合わせなければならない時もある。一方、こうしなければならないという社会の規律を破らなければならない時もある。この小説のテーマは「本能と理性」「自我と規律」この相反する気持ちの中で翻弄され、生きる道をやがて見つけ再生していく事なのではないでしょうか。

家庭の問題もこの「本能」と「理性」の間で揺れ動きます。杏樹のためには杏樹と別れる「理性」的な選択も考えた千賀子、しかし親子は親子という「本能」、どう落ち着くかは読んでのお楽しみ...........ってすでに「オチ」しか残っていませんな、ここまで書いたら。でも浜淳の映画解説ならCM明けにオチまで言っちゃいますけど。ピュアで真っすぐな物語って実は作りにくいとおもいます、この平成の世では。それをあえてやり、読ませる作品を書くあさのあつこ先生の良さが前面に出た一冊です。そう思えば、以前読んだあさのさんの作品で放火殺人を扱った「福音の少年」がいかに異作だったか改めて感じました。

☆☆☆★★


Aasano02

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番外:「裁判大噴火」(阿曽山大噴火.著)を読んで行動してみた

北尾トロ.阿曽山大噴火.両氏の著作を読んだり聴いたりして、大阪地裁にて念願だった裁判傍聴に行って来ました。ここはネットなので個々の事件には触れません、簡単にググれちゃいますもんね。被害者にとっては傷であり、罪を認めた被告には恥でもあるので。なので、ざっと裁判傍聴をするコツ。

1.時間は
平日の9時45分くらいから12〜13時の休憩を挟んで17時前までやってます。イチから見ようと思えば9時30分くらいにつけばいい。

2.入り口は
「傍聴希望者はここから」なんて丁寧な誘導はありません。警備の人が沢山いて最初は敷居が高いですが、普通にどこからでも入れます。あえていうなら北口がいちばん入りやすいです。

3.服装は
ほとんど制限はありません、あの阿曽山さんでも入れるのですから(笑)ただし、帽子は脱いで下さい。

4.予定表は
中央ホールに今日はどんな裁判がやっているか、三種類4個のバインダーが置いています。黄色が民事、薄緑が高裁、青が刑事です。やはり刑事の裁判が人気が高く同じのが2冊あります。

5.どんな裁判をみるか
そのバインダーの中には被告の名前、どんな事件、そして初公判(新件)なのか途中(審議)なのか判決なのかを書いています。ただ「人を轢いた上に、長い距離ひきずり、結果人を死に至らしめた事件」なんて具体的には書いてません。あたりまえですが。そこには「道交法違反.殺人」とそっけなく書いているだけです。ですから法廷に入ってビックリなんて事もありました。そこで、あまり大きな声では言えませんが被告の名を携帯で検索にかけてみて、運良く!?ヒットしたら有名な事案ですね。もちろん法廷内では携帯の電源は切りましょう。静かな場所なのでバイブでも気になってしまいます。

6.具体的には?
北尾さんや阿曽山さんの本には「新件を見るべき」とありますが、新件は確かに事件を1から説明してくれます、が冒頭手続きだけで終わってしまう事もままあります。やはり裁判の華!?は被告人質問や証人質問。これは「審議」の回によくあります。単純な窃盗くらいなら審議の回でも充分事件の概要はつかめてきます。時間が20分の裁判より40分以上取っている方がこのような被告本人の生の声を聞ける機会が多いですね。
.ひとくちに窃盗と言っても組織的な犯罪集団から万引き.下着ドロまで様々。これは見て回るしかないですが、窃盗にはハズレが少ないです。詐欺も様々ですが被告が「あまり悪い事したつもりはない」という空気があるのがこの詐欺ですね。わいせつ図画販売は裏DVD販売がほとんどでこれも事件そのものは面白くない、しかし「自宅兼製造所で『女子校生のおっぱい』等のDVDを押収」なんてお固い検察官の口からタイトル聞くのがこの件の醍醐味か(笑)。意外と見てしまうのが自動車運転に関わる裁判。北尾氏も書いていましたが、交通事故は被告も相手を傷付けてやろうという意図がなく不注意か不作為で巻き込まれた普通の人ゆえに身につまされます。それと「殺人」はほとんど無いですね。

7.法廷にも格がある
法廷は1階から10階まで。マンションと同じく102なら1階 804なら8階です。その中でも2階の法廷は良くテレビで見る大きな法廷。ウィンブルドンでいうところの「センターコート」(Courtにかけてみた)です。2階で行う裁判はやはり「大物」の裁判が多いですね。その次が1階と10階。裁判員用のスペースもあります。でもやっぱり面白いのは4階や6階の小さな法廷。椅子だって大法廷は映画館みたいですが、小法廷は被告人の待つベンチと同じモノです。人数も20人ちょっと入れば一杯。いわばその人数しか、その裁判を見れないってことです。でも滅多に満員にはなりませんね。開廷していればドアの上に「開廷中」のランプがともっています。でもドア開けて満員で入れない可能性もありますので、ドアの真ん中に小窓がありますので、そこから様子をうかがう事ができます。ただし、小法廷の小窓は古くて開ける度に音がキューキュー鳴って、中にいると意外と気になります。ただ古いが故に小窓の上に微妙なすき間があるので、開けずにそこから見ても大体の様子はわかります。

8.持ちもの検査は?
基本的にはありません。ただし稀に金属探知機の検査やカバンの中身検査を法廷の前でやっていることがあります。

9.法廷内では
静かに聴く、これだけです。他の事はしたくても出来る雰囲気ではありません。ただしメモはOKです。そして一度だけ遭遇しましたが居眠りすると裁判長から退廷命令が出ます。これはカッコ悪すぎますので眠い時は傍聴しないほうが賢明です。眠くなったら地下の売店か自販機へ。缶コーヒーやオロCが80円で売っていますから。

最後に
裁判傍聴は国民に開かれた「権利」です。しかし、悲惨な事故.事件の当事者や親族などの関係者も法廷内にはいます。興味本位のヤジ馬で、全然結構なんですが、やはり当事者を刺激しない大人しい振る舞いを心がけて下さい...と自分に言い聞かせております。

Aso

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本:「海をみあげて」日比生典生 電撃文庫

4月17日明神市を襲った地震は震度七の直下型地震......

その震災から10年後の話である。その震災から震源だった浅霧町には空に鯨が出る。実態があるのかないのか?そんな幻のような鯨でも時々潮を吹き浅霧町に海水の雨を降らす。そんな鯨に魅せられた中三少女の真琴。鯨が町に現れる気まぐれ、出たらスピーカーからモーツアルトが流れ、それを合図に空を見上げたら鯨が悠々と空を回遊している。そんなスピーカーの在処を探しに真琴は丘の上へ登ってみたら、そこには一軒の洋館があった。洋館の主は康平という30代半ばの優しそうな男性。彼も鯨に魅せられ趣味が高じて鯨の監視をやっているそうな。鯨を通じて真琴と康平は話すようになる。そこにやって来たのが真琴とはソリの合わない同級生、洋助。康平と洋助は歳の離れた兄弟だった。
この鯨の発生に眉をしかめる住人もいた。海水が降るのが嫌なのか?それとも鯨が「不気味な震災の使い」ように見えたのか?鯨発生に合わせてモーツアルトを流す行為にもイヤがらせする人もいた。そんなおり、風の強い日に丘の上のあちこちで火の手が上がる。風にあおられ範囲が広くて消火に手間取る中、反発し合ってた真琴と洋助は「もしかしたらモーツアルトを流したら鯨がやってきて潮で鎮火させてくれるんじゃないかな?」と、おりからの強風で壊れたスピーカーを直しに洋助は屋根に、それを手伝う真琴。そんな危機の中の共同作業で二人の中のわだかまりが徐々に溶けて行くのである。

二話は浅霧のお祭りの日に真琴は5歳くらいの女の子と出合う。女の子は大好きな花火職人の祖父とケンカしてしまい、仲直りするためにある物渡したいと。土の中に埋めたという「あるモノ」。真琴は一緒に探してやる事にする。

三話目は康平の彼女、桃子が熱気球で太平洋横断というとてつもない夢をぶち上げる。無理と思いつつも気球作りを手伝う真琴と洋助。気球は無事出来上がり、夜明け前のテスト飛行に乗り込む桃子.康平.真琴.洋助の4人。

一見3話ともバラバラの様に見えたが根底に流れるのは「復興」。町の復興、人の復興.心の復興です。一話目でまだまだ震災の痛みと悲しさを引きずり、二話目では、その震災への心のケジメ。そして三話目で明日へと旅立つ姿を描いているのではないでしょうか。特に三話目のラストシーンはジブリ映画の「耳をすませて」のパクリ....もとい、オマージュとしか思えないシーンが出て来ますが、その画の美しさでは圧倒的に本作の方が素晴らしいです(まだ映像化されてないようですが)。

そして話は前後しますが、二話。なぜ主人公が中三で、女の子が5歳前後か...オチで「ああ、そういう事か」とつながります。ただし、最後までは書いていない。読者に想像させる余裕がこの作品には常にあります。ここがいい意味での「ラノベらしくない」良作でした。


5umimia

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本:「図書館の神様」瀬尾まいこ ちくま文庫

「熱くはないが あたたかい」
それは瀬尾作品に共通しているのかもしれない。しかし、この作品は冒頭からショッキングな事件からはじまる。バレーボールに青春の全てを燃やしていた主人公キヨ。人としてのモットー正しくまっすぐやればいい、と。そんなキヨがキャプテンとして、マズいプレイをした後輩を強く叱ってしまい、翌日その後輩が自殺してしまった。この十字架を背負い込む事になってしまったキヨ。バレーもやめ、周囲からも孤立するようになっていく。時は流れ高校教師になるべく、講師の仕事をするようになったキヨ。しかし育った街にはやはりおれず、あえて地方の大学、地方の高校へ赴任する事を望んだ。

その高校でクラブの顧問も任されたキヨ、その部は部員ひとりだけの文芸部(どっかで聞いた事のある設定だなぁ、部員はメガネ女子だったが)。そこには垣内クンという一見爽やかなスポーツマンタイプの男子が一生懸命本を読んでいた。彼もまたスポーツにトラウマを持つ子だった。
そしてキヨには不倫の愛人がいた。お菓子教室の先生、浅見さん。心に大きな穴の空いていたキヨにとっては安心出来る男性ではあったが、不倫は不倫。別に自分が嫁になりたい訳でもなくこの生温い関係が続いても良し、とも思っていたが、彼の妻が妊娠した事を知り、微妙に空気も変わって来る。
学校に戻れば放課後は相変わらず垣内クンと二人だけの文芸部活動。キヨは「運動部でイヤな事があったから文芸部にくすぶっているだけだわ」と思っていたが、そうではないことが段々わかってくる。川端康成.山本周五郎.夏目漱石の作品が垣内クンなりの解釈でキヨに。そして読者に語りかけて来る。これらを読みたくなって来るから不思議だ。

内容についてはココまでにしておくが、ここまで瀬尾作品は2冊4作品しか読んでいない。しかし共通するのは決して何もかもわかり合えた関係にもならないし、微妙な距離感が常に残る。しかしそれ故に息苦しいまでの憎悪や熱さまでいたらない。これは安心感ともいえる。ストーブだって近付き過ぎたら火傷する。ちょうどいい距離感のもたらす暖かさが心地よいのかもしれない。

あと何冊かあるがこの作風を大きく転換するものに出合えるか?いやこのままでい欲しい気もします。


最後に、ケーキもプリンもロールキャベツもおいしゅうございました。

☆☆☆☆★

Tosyo

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«本:「ピンクバス」角田光代 角川文庫